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ZL1WY / ZL7  Chatham Islands


風の島 チャタム島 その5

ZL1WY 三宅 広幸



今回のために、バーテックススタンダード社(旧ヤエス)からいただいたポロシャツを着てみました。眠そうですネ!

 ついにZL7での電波を出す瞬間がやって来ました。
パドル、ログ、時計...すべてを再度確かめてから、リグにスイッチを入れ、21MHzのSSBをワッチしてみる。
聞こえる!聞こえる!日本のラグチューが強力に聞こえる事を確かめたので、いよいよCQを出す事にします。
11月30日07:20 21.270でCQを出すと、すぐに応答があった。
それも我が家の超スーパーローカル(200mくらいしか離れていない)のJH1QVW斉木OMでした。
斉木さんは、私のオンエアをずっと待っていてくれたそうです。
1stEverで斉木さんとQSOできた事は、本当に嬉しかったです。
その後、すぐにパイルになったのですが、JL1WQO中谷さん、JE1RXJ後藤さん達が次々コールして下さって、順調な滑り出しを致しました。
金曜日の午後だと云うのに、パイルアップは大きくなるばかり、仕方なくテールレターで制限をつけたりしながら、12:00Z頃まで何とかさばき続けました。
初日は、この21MHzのSSBとCWだけで約700局とQSOに成功致しました。



今回の設備です。
右側がHF用のFT-100、左が50MHz用のFT-100で、その上に乗っているのがJH6RDJ製のビーコン用エレキー


 私の滞在した部屋は、ベッドが二つあってキッチンもあり、非常に整った部屋でありました。
食器や鍋、包丁も揃っているので、2人で来るならば自炊も可能です。
しかし、わざわざ自炊をせずともValの経営するホテルの食堂は、美味しい食事を出すのでお勧めです。
例えば、2日目の夕食に食べたのは、Cod(タラ)のフリッターでしたが、大きな身を上手に揚げてあって、味付けも塩味ですから和食党の私にも充分満足できました。
ちなみに、Chathamの主食はジャガイモで(もちろんパンも食べますが)、付け合わせだと思っていたフライドポテトが、実はメインだったのにもちょっと意外な感じがしました。

 翌12月1日は土曜日で、この日を今回の運用の中でも主たる日として考えていました。
朝起きてみると、快晴だけれどもやはり風が強く、初夏の割に寒くて部屋にあったヒーターを持ち出して使いました。
ニュージーランドでは、しばしば1日の中に四季があると云われますが、まさにこの事かもしれません。
HFのロングワイヤーは云うまでもなく、6mの八木も強風に押されて小刻みに揺れ続けます。
起き抜けに早速ワッチしてみるが、どのバンドに合わせても何も聞こえないのです。
日本以東の太平洋では、だいたい午前中は何も聞こえない事が多いので承知はしていましたが、それにしても何も聞こえない時間が長いのは予想外でした。
何かこちらのシステム上の問題でもあるのか?と思ったりもしましたが、21MHzで3D2RWがずっとLonely CQであったので、やはりコンディションの問題であろうと思った次第です。

 既にご説明しましたが、今回は50MHzの運用が大きな目的の1つでした。今年の春にKH4(ミッドウェイ)から運用した際に、やはり同様に50MHzでのサービスを試みました。
この時は、日本を中心に100局弱とのQSOに成功したのですが、とても需要を満たせるものではありませんでした。
ZL7からはこの10年近く50MHzの電波が出た事がないので、更に需要が高く、何としてもパスを見つけてQSOを成功させたいと願っておりました。
そのためにFT-100を1台専用にして、50.115MHzで24時間のビーコンを発射する方法を取りました。
この方法はHFを運用しながらですと、弱い信号を聞き落とす可能性もあるのですが、経験上適当なインターバル(約5秒)を取ると何とかカバーする事ができます。
 この日の朝、バンドが死んでいても、50MHzのビーコンはずっと日本へ向かって飛び続けていました。

夕方になって、やっとぽちぽち信号が聞こえ始めて来た。
でも、まだまだ弱いので、完全に開けきったとは云えない感じでした。この島は既にサマータイムに入っていて、通常よりも1時間進んでいるため、19:00だと云うのに外はまったくの昼間である。
もう少し信号が安定するまで、と思い、その間写真を撮りに外へ行ってみました。
昼過ぎに外へ出た時よりも、更に風は強くなっていて、カメラのファインダーを覗きながらまっすぐ立っている事ができないのです。
どんなに頑張っても風にうち勝つことができない位の強風なのです。天候が悪くなるような雰囲気ではないのですが、経験的にはこの様な強風の後は天気が崩れる事が多いと知っていました。

この島はちょうど伊豆大島とほぼ同じ大きさ(90平方km)ですが、伊豆大島の人口が約1万人に対して、ここは約700人しか住んでおりません。
従って、殆どの住民同士が顔見知り状態と云えます。
当然ながら、島の交通手段は車であって、いわゆるバスなどの公共交通はありません。
その車種も、感覚的にはほとんどが日本車で、まれにアメリカ車を見かけますが、それは大型でなければいけない理由がある場合に限られているように思えました。
どこの家庭にも日本車があって、何となく親しみが持てました。
親しみと云えば、この島では車に乗っている者同士がすれ違う時には、必ず手を挙げて挨拶を交わします。
高速ですれ違う時は、相手の顔を確かめるのは難しいはずですが、やはり車自体や雰囲気で誰と云うのが判断できるのでしょう。
彼らはさりげなくやってのけます。
 また、私が徒歩でうろうろしている時も、彼らは男女を問わず手を挙げて挨拶をしてくれます。



Hotel Chathamの全景。内湾の一番奥に位置する。
私が泊まったのは上に見える緑色の屋根の建物
日本方向は完全なる無障害環境ですが、残念ながら50MHzのオープンには恵まれませんでした。

こちらにとっては見覚えのない顔ばかりですが、何しろ私はこの島でたった1人の日本人ですから、相手は先刻ご承知の様です。
KH4の時も、島の住民は道で出会うと皆一応ににこやかに手を挙げて挨拶をしてくれましたが、こういうさりげない約束事は気分のよいものです。
みんなにそっぽを向かれるよりは、ずっと気が楽ですね。

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